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児玉画廊にて、木下理子「Human Humor」が6月4日(土)より7月9日(土)までの期間、開催されます。
相互依存の空間––––木下理子「Human Humor」に寄せて
菅原伸也(美術批評・理論)
アーティストが、ゼロから心のなかで創造したオリジナルなイメージをまっさらなキャンバスの上に実現し、そうして出来上がった作品は周りの環境だけでなく観客からも自律しているというのがモダニズムにおける理想であるとするならば、作家の意思に比較的従順である絵の具のような画材ではなく、アルミニウムや銅線といった、作家が必ずしもコントロールしきれない繊細な素材を用い、制作現場や既存の展示空間といった周りの環境とも相互に作用しているという意味において、木下理子の作品は基本的に、モダニズムとは真逆の作者・作品概念に基づいていると言えるだろう。
木下の作品は、どんな素材を用いているか、そしてどのようなタイプの作品であるかにかかわらず、線、それも直線ではなくゆがんだ細い線から構成されているものが多い。こうした線のゆがみは決して、装飾的・デザイン的効果を狙い意図的にたわめることでつくり出されたものではない。それはむしろ、制作行為における作家と素材との相互作用や、作品を実際に展示する際現れる重力の影響などを物理的に反映した結果生じたものなのである。ここで作品は、周囲の環境から隔絶した自律的な存在ではなく、むしろその周囲に存在する事物と関わり合い、それらと相互に依存した関係のなかにある。木下の作品は、たとえば、床や壁にもともと存在しているひび割れや汚れ、そしてそこに自らが投げかける影などを、作品を鑑賞する際に無視するべき否定的な要素として捉えるのではなくではなく、むしろその作品の一部として取り込むことで、作品空間をさらに複雑化するということを行なっているが、それもそうした作品と環境との相互依存関係の一例であると言えるだろう。
このような相互依存関係は作品とその外部との間だけでなく、作品内部の構成要素同士においても見出すことができる。木下の作品では、しばしば似たような要素が反復される。たとえば、本展には、アルミを用いてつくられた棒人間のような形象が横に複数並べられ壁の前に吊るされた作品が展示されている。それぞれの人型はまったく同一ではないものの似通っていて、一部互いに重なり合っている。したがって、他の「人」とまったく異なっている独自で自律した存在であったり、他の「人」たちと完全に同じであったりするのではなく、繊細で弱々しい線と素材で構成されている各々の「人」は、ほんの少し違っていて、互いに少し交差しながら助け合い頼り合っているかのようである。こうして、作品の内部においても要素同士の相互依存関係が描き出されているのである。
それらの「人々」は展示空間において、その背後にある壁やその下にある床とも豊かな関係を結ぶだけでなく、本展を鑑賞する我々観客とも関わりを持つことになるだろう。観客が展示室内を動くことによって生まれる大気の流れや振動によって、「人々」が微妙に揺れることもあるかもしれない。展示室において実際にそれらの「人々」を見てそうした体験をすることを通して我々は、自らもまた脆弱であり互いに依存する存在であることに気づくことになるにちがいない。