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児玉画廊|天王洲にて、鈴木大介 個展「Gravity」が9月4日(土)より開催されます。
アメリカの哲学者チャールズ・サンダース・パースは「イコン」「シンボル」「インデックス」の三種類に記号を分類した。そのなかで、「指標」とも訳される「インデックス」は、対象と物理的に対応する記号のことを意味している。たとえば、土の上に残された動物の足跡は、動物がその上を歩く際に足を土に物理的に接触させることによって生じた記号であるという点において「インデックス」である。それは、かつてその土の上を動物が歩いたということを指し示している。鈴木大介が2016年頃から展開している「指標」シリーズは、パースによる記号分類のひとつであるこの「インデックス(指標)」に由来している。
以前、鈴木は「Drape」という初期のシリーズにおいて、カーテンの襞を絵画面全体に写実的なやり方で描くことで、カーテンという具体的なモチーフを持ちつつもストライプの抽象絵画にも見える作品を制作していた。それに対して、その後の「指標」シリーズでは、具体的なモチーフなしで抽象的なストライプを描いたあとに、テレピンやリンシードオイルなどの溶き油をその上に掛け、キャンバスを回転させたり傾けたりしてストロークを溶かすということを行なった。「指標」シリーズにおいて、絵の具が流れたような跡が多く見られるのはそのためである。そのような操作を行ったあと、絵の具が溶けたり流れたりした様子に反応して、さらに新たなストライプを描き加えることもある。
では、鈴木の「指標」シリーズの作品は、どのような意味において、パースの分類における「インデックス(指標)」であると考えられるのであろうか。溶き油によってストライプが溶融しその絵の具が流れた跡がキャンバス上に物理的に記録されている点において、それはインデックスであると言うことができるだろう。すなわち、キャンバスには、溶き油を用いて絵の具を溶かしたりキャンバスを回転させたりといった鈴木による行為の物理的痕跡が残されており、その痕跡はインデックス記号として、そうした行為を指し示しているのである。このシリーズ名における「指標」とは何を指しているかという問いに対して、鈴木は「現実のモチーフのイメージに依存しないそれそのものとしての絵」のことであると以前語っていた。「指標」シリーズに関してここまで述べたことと合わせて考えるならば、それは、ドレープといった、絵画の外部にある「現実のモチーフ」に依存することのない、キャンバスに対して加えられたさまざまな行為の物理的痕跡からなる絵画のことであると解釈することができるだろう。そのようにして、絵画は自らの内部に残された物理的な行為の痕跡のみを顕示するようになるのである。
溶き油で溶かした絵の具がキャンバス上を流れるのは、言うまでもなく、キャンバスを斜めに傾けたからであり、それによって溶解した絵の具に「重力gravity」が働いたからである。キャンバスを水平にしたままであったなら、ただ絵の具の水溜りのようなものができるだけであろう。したがって、絵の具が流れた跡は、作家の行為だけでなく、重力が物理的に作用したことのインデックスでもある。本展は、作家の行為や重力といった、キャンバスに働きかけるさまざまな物理的力のインデックスを、現実から切り離された絵画という場において目撃する場となるにちがいない。
菅原伸也(美術批評・理論)