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Yutaka Kikutake Galleryにて、楊博によるギャラリーでの2回目の個展「(Remember Mama Said) You Can’t Hurry Love」が2月12日(土)から3月12日(土)まで開催されます。
楊博はこれまで一貫してポップカルチャーとその受容に関わる距離感をテーマに作品を制作してきました。実際にはとても遠くに存在する人物や出来事にも関わらず、心理的には極めて親密なものとして迫りくるポップカルチャーを音楽を中心に享受した楊は、ポップスターの肖像やそれらが彩る様々なシーンと自身の生活風景とを混ぜ合わせながら、独特の作品世界を作り上げてきました。
作品を制作することで自身の受容(その様子は、作家が展覧会に合わせて書き下ろすことも多いテキストから伺い知れるように、憧憬混じりの甘受とも言えるかもしれません)を紐解き、そうすることで各時代の在り様を見つけ出していく。その連続が現代の普遍性へと触れていくことを、楊は絵画を通じて試みていると言えるでしょう。
本展で発表される作品たちを制作する過程で、楊の頭のなかでは「魅力そのもの」というキーワードがめぐっていたと言います。人はなぜ、どのような仕組みで、何かに惹かれるのか? そして、その心理的な作用の先で、どのような心の動きや行動が生まれてくるのか? 心の機微は文字通り十人十色ですが、なにかどうしても惹かれてしまうものが個々人には存在しており、それが日常生活のなかでリアリティを持って迫ってきながら、確かに影響を受けているということは私たちも実感できるはずです。楊はそうした実感の源泉として「魅力そのもの」の姿を想像し、制作に際して仮定的な道標にしました。
本展で発表される作品たちは、”Fascinate (魅了する)” と繰り返し描かれた作品にはじまり、楊がこれまでも度々描いてきた音楽や映画と自身の生活風景を織り交ぜたシーンに加え、ファッションアイテムも新たにモチーフとして登場します。また、作家自身が惹かれるものが、既に歴史化されつつあるものであることが多いとも言いますが、現代において新しいものが生まれる場合、その内実として歴史の反復と更新が同時に生じていることが多く、ときには作家が惹かれるものが踏み台とされるようなこともあるという事実に対して、自身が感じる葛藤や愛憎をルーレットのように表した作品を描くなど、より作家自身の内面に踏み込んだ作品も発表されます。
そして、いつもは展示作品と関連し合いながら、その背景にあるストーリーを補完するように書かれていた作家によるテキストですが、今回はある人物へ宛てた手紙という形式を取りながら、より独白的で、主観的な語り口調となっています。
"親愛なるJ.O
こんばんは。
相変わらずの世相ですが、最近はいかがお過ごしでしょうか?
ナイーブな日々が与えるこの浮遊感を、僕はとうとう心地よいくらいに感じてしまいそうで、正直時々、ほんの少し痙攣しています。感覚が硬直して行きそうな時、その兆しを見分けられそうなくらいにはなりましたが、その最中でも結局は、何かの物事に魅力を感じてしまうことには、呆れるくらいにとても抗うことができません。僕はそれを求めるし、嫉妬するし、足りなくなれば探すし、見つからなければその空虚自体を消費しようとするでしょう。それは硬直への抗いでもありえるのですが、一方ではつながれてしまっているような気がして、恐ろしく感じてしまうこともどうしてもあるのです。
今ちょうどあなたの昔の曲が、いつだか友人にもらったBluetoothスピーカーから流れています。こちらは夜中の2時半をちょうど回ったところで、僕は制作部屋ではなくリビングのソファーからこれを書いています……"
(展示テキストより)
楊博 2022.1.22
本展のタイトル「(Remember Mama Said) You Can’t Hurry Love」は、1960年代を全盛期にアメリカで活動をしたソウルミュージックのグループであるザ・スプリームスの楽曲からとられています。
「恋はあせらず」と和訳されるこの曲のなかでは、「恋」を求め、柔らかに語りかけてくれ、強く抱しめてくれる”何か“を待ち侘びる様子が歌われていますが、誰しもが持ち得るそうした心理的な情景を踏まえながら、絵画を通して新たな物語を紡ぐ試みがあると言えます。