イベント紹介Event Information
ANOMALYでは、2021年3月6日 (土) – 4月3日 (土)まで、柳幸典 (やなぎゆきのり) 個展「Wandering Position 1988-2021」を開催いたします。
Wandering Position (さまよえる位置) は作家としてのスタート地点のコンセプトであり、たびたび作品名、展覧会名として使用されてきました。本展では、一匹の蟻を放ちひたすら追いかけ、赤いチョークでその痕跡をたどる同シリーズより、数メートルに及ぶ大型の紙に描かれた本展のための新作と1980 – 90年代にアメリカで制作された当時の貴重な作品を展示いたします。これらの作品群は柳がイェール大学大学院1年目の1988年、自分は何者かを模索し始めた時期に、アトリエの床を這う蟻の跡を追うことから始まった《アント・フォローイング・プラン》というシリーズです。その後、蟻が砂を運び移動することにより、砂絵で描かれた国旗や貨幣という人間の作ったシステムを形骸化していく柳のアイコニックな作品《アントファーム・シリーズ》へと発展していく重要な作品です。さまよい続ける蟻は追いかける者の巨大さゆえに、その存在に気付くことはありません。
蟻には認知できない金属の境界 ー繰り返し障壁に突き進む蟻の軌跡が赤線の密な交錯に残されているー は、物理的に存在する境界であり、不可視でありながら人の行動規範となる「仮想の境界」のメタファーでもある。そこでの蟻は、人間の存在状況を行為とする代役なのである。
富井玲子 「柳幸典展 ― あきつしま」 広島市現代美術館 展覧会図録テキストより抜粋
柳幸典 (b.1959-) は、日本の美術大学、美術界の閉塞感に疑問を抱きながら、もの派世代の作家を師に、昨年惜しくも逝去した原口典之の作品などにも影響を受けつつ、1986-87年の大規模なインスタレーションやパフォーマンスの発表を最後に、1988年にイェール大学大学院へ留学のため渡米しました。90年代に入り、1993年にはヴェネチア・ビエンナーレで 《ザ・ワールド・フラッグ・アントファーム》 を発表、アペルト部門で日本人として初めて賞を受け、国際的な評価を得るに至ります。1995年グッゲンハイム美術館で開催されたグループ展 「スクリーム・アゲインスト・ザ・スカイ」 では刺激的な日本国旗のネオン作品でNYの街を照らしました。国際的な数多くの作品発表の機会を得、マーケット的な成功も約束される中、2000年のホイットニー・バイエニアルでアメリカ国旗をモチーフとした作品を出品した後に日本に帰国します。
戦後日本の近現代美術が政治性・社会性を希薄にしてきた中で、柳は国家、体制、資本主義などのシステムと自分自身の立ち位置を常に意識し、継続的な思考で制作に向かっています。作品には日常的にある素材 (ソフビ、ネオン、玩具など) ながら、文化的な意味が付与されたものを用いたもの、発表の場となる土地との関連性から導き出されるものなど、作品の方法論も、時代や具体的なテーマに従って変遷、発展し続けています。それらの作品は視覚的なインパクトがあり、その洗練された表現は見る者それぞれの視点により様々な読み取りが可能です。そして近年の犬島、現在の活動の中心となっている百島とその周辺での様々な大規模プロジェクトは、経済を優先してきた日本が歩んできた歴史を見つめなおし、未来へとつなぐ実践的なアートワークなのです。
東日本大震災から10年が過ぎ、被災者への補償、原発事故の処理も十分に進まぬまま、私たちはCOVID-19による世界的な未曽有の危機に見舞われています。国民の保護と安全を目標としたワクチン接種や経済的補助のため、国による国民の管理、人や物の移動を規制する国境の厳格化が進むのは現実です。そのような状況の中で、柳の言葉のように 「移動、交通、位置をずらしていくことで見えてくる地平へ」としなやかにしたたかにwander (さまよう) 事を考える。気の遠くなるような距離と時間を示す赤い命の痕に、柳幸典という作家の視線の先が今だからこそはっきりとした輪郭を伴って見えてくるのではないでしょうか。