イベント紹介Event Information
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ユカ・ツルノ・ギャラリーにて、大﨑のぶゆきの個展「Travel Journal」が2022年4月16日(土)から5月21日(土)まで開催されます。
文化庁新進芸術家海外研修制度によってシュトゥットガルトでの約1年の滞在を終えて3月に帰国したばかりの大﨑は、コロナ禍による「不確かさ」に直面したドイツ滞在の個人的な経験をモチーフに、現地で制作した新作の映像や平面作品、日本へ郵送した手製のポストカードなどのインスタレーションを発表します。
大﨑は一貫して「リアリティの不確かさや曖昧さ」への興味から、自己を座標軸に、自身を取り巻く世界をどのように認識しているのか、さらにはその知覚や記憶がイメージとなってどのように存在しているのかなど、不確かさと向き合うことの可能性を探求してきました。流動的な時間や記憶の在り方を表現するために、イメージが時間をかけて融解し、拡散しながら消えてく映像作品など、絵画や映像のメディウムの特性を活かしながら独自の方法で取り組んできています。近年は、記憶が持つ複数的な時空間との関係性を探るために、プライベートなアルバム写真をモチーフにし、特定の個人と認識できないほど滲んだイメージへと転換する過程を表現することで、記憶の曖昧さを喚起させると同時に、世代や空間を超えた「懐かしさ」の共感感覚を誘発してきました。そこから、自身と他者の記憶が時空を超えて繋がっており、それが現在に露出しているということを意識し、現代宇宙論や独自の4次元理論をもとに「マルチプル・ライティング(Multiple Lighting)」のアイデアとその表現を展開してきました。
本展では、これまでの実践を土台に、世界的なパンデミックによる予測できない変化や見通しが立たない日常と、シュトゥットガルトでの研究テーマである「セルフポートレイトを巡る」ことを出発点としています。大﨑はこれまでの自身の興味や探求に鑑みながらも、「流動的で不確かなこの世界に生きていることを実感する日々」であり、だからこそ「些細な触れ合いや出会い」がより大きな意味を持っていたと滞在を振り返っています。作品の中心的なモチーフは、新聞記事やスマートフォンで撮影した現地での出会い、都市風景など、社会状況によって大きく影響を受けながらも、他者との触れ合いによって記憶される個人の経験を映し出した滞在の記録です。それらのモチーフが時間をかけて変化したり、その過程として表現されていたりするように、日本へと届けられた手製のポストカードには、郵送による時間と物理的な影響が織り込まれています。複数の時空間を跨いで紡がれ変化していく作品は、個人の経験にとどまらず、社会に翻弄され心もとない日常のなかの未知でありながらも身近で非表象的な「不確かさ」を明るみにだします。
Travel Journal-セルフポートレイトを巡る-
僕はシュトゥットガルトでの約1年の滞在を終えて3月に帰国した。
文化庁の在外研修として渡独することになったのだが、この研修が決まったのは2020年4月、ちょうどCOVID-19が蔓延し始めた頃だ。日本では5月に緊急事態宣言が発令され、全世界でパンデミックとなっていった。いったい世界はどうなってしまうのだろうか?行くべきか行かざるべきか?いやいや、そもそも入国できるのだろうか?? どうやら決められた期日までに日本を出国しないと、せっかく通ったこの研修は取り消しになるらしい。この頃から、よく分からない謎ウイルスのせいで、本来なら嬉々と計画を立てて過ごすはずが、悶々と鬱屈した日々を僕は過ごすことになる。11月にはドイツ全域で2回目のロックダウン、ビザの申請はしたけど、入国できるのかよくわからない。年も明けていよいよ渡航日が近づいても状況は変わらず、研修先のアカデミーも閉鎖されたままだった。日本にいてもステイホーム、籠るなら知らない土地でも一緒じゃないか、この全世界的な厄災の最中にわざわざ日本を出て、初めて訪れる知らない街で生活する経験なんて今後の人生で絶対ありえなくない??ってことで、僕はロックダウン中のシュトゥットガルトに行くことにした。ベルリンやハンブルクには何度か訪れているけれど南ドイツのこの街は初めてだ。中心街に行ってみると街中はシーンと静まり返って誰も居ない。一体どうなることやら、と思いつつしばらく生活することになるアパートに入居すると、お隣のおばちゃんが「こんな時に遠いとこから来て大変だわね。あなた、ケーキ食べにくる?」と訪ねてきて嬉しくなった。
友人はもちろん、お隣の世話好きな老夫婦、困っていた時に手を差し伸べてくれた人たち。パンデミックで想像していた研修とは異なってしまったけれど、思いがけない出会いと助けで僕は日々を過ごすことができた。滞在中、今まで以上に些細な触れ合いや出会いが僕にとって大切なものになっていく。毎週のようにルールが変わる状況から、規制が大きく緩和して社会もウイルスと共存し始めた頃に帰国となったのだけど、この2年間はあらためて流動的で不確なこの世界に生きていることを実感する日々だった。そして、この流動的だからこそ新しい出会いや可能性に触れることができた気がする。ロックダウンじゃなかったら出会ってなかった日本語ペラペラのドイツ人のマークスさん、「コロナでアカデミー行けないんだから、散歩しに山に行くわよ。」と隣のおばちゃんに連れ出されて知ったびっくりするくらい真っ黒い葉っぱの西洋ブナ。ポジティブなこともネガティブなこともひっくるめて、僕が生きる世界線だからこそ繋がっていく未来がある。そして『今後の人生で絶対ありえなくない??』と思ったこの滞在も時間の流れと共に思い出となっていくのだろう。
帰国して実験的なことや新しいアイデアとか色々やりたいことがあるけれど、帰国直下のこの展覧会は、ひとまずこの滞在そのものから作品を展開しようと思う。文化庁に応募した僕の研修のコンセプトは「セルフポートレイトを巡る」だった。その時はパンデミックが起きるなんて想像もできなかったし、その時考えていた事とも全然違うけれど、僕の経験と記録と思い出の滞在記/トラベルジャーナルからセルフポートレイトを巡ろうと思う。