イベント紹介Event Information
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小山登美夫ギャラリー(六本木)にて、佐藤翠展「Floating Drapery – 浮遊するドレーパリー 」が2022年4月2日(土)から4月30日(土)まで開催されます。
本展では2mを超える大作を含めた、新作ペインティングを発表いたします。
【佐藤作品について – 現代的な優雅さと、ダイナミックな絵画構成】
佐藤翠の作品といえば、色とりどりの服が掛かったクローゼット、高いヒールの靴が並ぶシューズラック、カーペット、鮮やかな花々、果物。多くの人が美しいと感じるだろうそれらのモチーフを、佐藤は心から愛してストレートにその憧憬を描き、鮮やかな色彩とイマジネーションを重ねた現代的な優雅さ、空想の世界として絵画に表現しています。
しかし佐藤作品の魅力は、その具象的な綺麗な側面のみでなく、大画面をダイナミックに操る筆づかいや卓抜な絵画構成にもあると言えるでしょう。
「確かに佐藤さんの描くモチーフは万人受けしやすい。しかしつぶさに見てみれば、筆触が抽象表現主義のそれを髣髴させる、荒くて猛々しいものであることに気づくだろう。第一印象だけで判断すると、本質を見誤ることになる。万人受けする佇まいを見せながら、実は可憐さと荒々しさという互いに相反する感覚が共存している、ここが佐藤作品の一番の魅力なのだ。」
(樋口昌樹「佐藤 翠『Eternal Moment』花椿 Column、資生堂、2016年12月)
また、興味深い側面として、同じモチーフを繰り返し描きながらも、描き方が彼女のその時々の心境や見たものから得た感動によって、変化していく点があります。
「誰か特定の人のクローゼットではなく、自分だけのイマジネーションです。絵を見た人により幅広く受け取ってほしいので、クローゼットに見えなくてもいいし、ただ美しい色の連続のように見ていただいても構わないと、どんどん抽象性に突き進む時期もありました。(中略)4年前に1年間、ポーラ美術振興財団在外研修員としてパリに滞在したのですが、その時パリの街を歩き回って、洋服のブティックのショーウィンドウからすごく刺激をもらいました。それを写真に撮って絵にしたのですが、この時初めて実際に自分が見た光景を作品に描き、また少し具象に立ち戻ったりしています」
(佐藤翠インタビュー「画家・佐藤 翠のクローゼット哲学『自分だけの表現の扉がひらけた』、GINZA、マガジンハウス、2021年7月」
またパリで本格的に花の作品も追求し、ブーケやバラ園などを描き、それを経て、クローゼットにも花を投入するようになりました。
昨年2021年には、自宅の庭の植物から発想を得、花達がハンガーや洋服に絡み合い、吊られているクローゼット作品を発表。
今回の新作では、実際にダリア園で見たダリアの、幾重にも重なるドレスのような花びら、ポンポンと可愛らしく連なる装飾性、風にそよぐ姿を目にした時の感動がインスピレーションとなり、ドレスが生まれています。また画材も初期はアクリル絵具のみで描いていたのに対して、途中から油絵具を併用したり、油絵具のみで描くように変わっています。
彼女ならではのモチーフで惹きつけつつ、その時々の新鮮な表現で観る人を飽きさせない。新作ではクローゼットが、花がどう変化しているのだろうという楽しみを生み出します。
そのありそうでなかったオリジナリティ溢れる世界観は、多くのコレクターや美術関係者、企業やクリエイターからも評判を呼びます。
2019年ポーラ美術館アトリウム ギャラリーでの個展「Diaphanous petals」や、2015年資生堂ギャラリーでのグループ展「絵画を抱きしめてEmbracing for Painting -阿部未奈子・佐藤翠・流麻二果展-」のほか、2017年コスメブランド「RMK」とのコラボレーションによるメイクアップキット販売や、2013年芥川賞受賞作家・中村文則の小説『去年の冬、きみと別れ』(幻冬舎)の装画など、活動が多岐にわたるのも大きな特徴といえるでしょう。
【新作について – 心の解放としての、浮遊するドレス、花、クローゼット】
今回の新作「Floating Dahlias Closet」シリーズでは、ついにクローゼット自体が空へ舞い上がります。
本展に際し、佐藤自身次のように述べています。
「クローゼット自体が、外へ、さらには上空へと広がっていったようなイメージです。(・・・)
というのは、心の解放のような、自由を求める気持ちが反映しているのかなと思います。
まず、花から生まれたドレスや花自体が浮遊していき、それからクローゼット自体が浮遊していったというイメージです。最近、空に興味を持つようになりました。空の色や雲は変化していき、変わっていくその一瞬一瞬が、ずっと同じものはなくて、掴めそうで掴みきれない、それを自分のものにしたい、という欲求も生まれます。(・・・)
花や植物、雲や空といった、自然にも心から興味を持つようになりました。それらから得られることは果てしなくあり、インスピレーションとなっています。」
本展タイトルにある「ドレーパリー」は、「ギリシャ彫刻や絵画などに見られる優美な布のひだ」の意味。2019年から描く「女神シリーズ」は、ドレスを着たマネキンにギリシャ彫刻の女神像を連想して始まり、新作の空と雲のドレス、自身こだわりのバラを描いた「Cloud Dress and Rose」に繋がっています。
また、ボッティチェリ作品の女神達が纏う、花が散りばめられ透けるようなドレスにも影響を受け、クローゼットの空間性から、ドレスの布そのものの動きの美しさにも着目するように変化しています。
作品の中で洋服や花が浮遊し、風にたなびき、雲が流れていく。観る者はまるで春の風に包まれているように感じるでしょう。
時を経て同じモチーフが異なる表情を生み出していく様は、まるで登場人物が様々に成長していく長編物語のようです。複数の作品を同時進行して描き、作品同士が相互関係によって生まれているため、展示全体が物語の世界のページをめくるようでもあります。佐藤はクローゼットを描き始めたきっかけとして、大学3年時のフランスの交換留学で学生寮で1人暮らしをし、初めて自分の世界が確立したような気がして、小さな部屋の小さなクローゼットを描き始めたと語っています。自分の世界のはじまりである、小さなクローゼットが、花開き、空に羽ばたく。クローゼットは佐藤の心象風景であり、また作家自身の成長、変化の証とも言えるでしょう。
洋服の優美なひだ、花、空、雲、古代から人々を魅了するモチーフが、佐藤の手により現代にまた新たな表現として提示されます。
春らしい軽やかで豊かで優雅な世界観を堪能しに、ぜひお越しください。