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ANOMALYにて、今津景 (いまづ・けい) の個展「Mapping the Land/Body/Stories of its Past」が10月2日 (土) から11月7日 (日) までの期間、開催されます。
今津景は、絵画における身体性と現代の視覚表現との関係を探求し、様々なメディアから採取した画像をコンピュータ・アプリケーションを用いて再構成した後、油彩でキャンバスに落とし込むという手法で絵画を制作しています。
いずれの作品も、作家自身の日常生活の中で沸き起こった強い感情や私的なできごとがモチーフに託されていますが、テクニックとテーマの間を注意深く往来することで、客観性を帯びた絵画として描き出されます。
今回発表する新作は、予てより用いていたPhotoshop®だけでなく、3DレンダリングソフトであるDimension®の描画空間のセオリーがもつ特異さを援用し、解体した様々な画像データを、奇妙な「奥行き」または「平坦さ」をもって構成した絵画で、旧来の絵画の写実的なパースペクティブとは少し違う、現代の人工的な演算空間を想起させます。
本展「Mapping the Land/Body/Stories of its Past」は、現在インドネシアを拠点とする今津景自身の知見や経験を元に、若桑みどりの『女性画家列伝』*1)、エリザベス・グロスの『カオス・領土・芸術—ドゥルーズと大地のフレーミング』*2) や倉沢愛子の『増補 女が学者になるとき:インドネシア研究奮闘記』*3) など、土着文化と異文化、女性作家の文献からも着想を得ています。
「生命進化の歴史のなかで、物質的かつ概念的な構造としての<芸術>はいつ、どのようにして始まったのか」と紹介されるグロスの著書では、作品は生成・持続への没入を示し、現在が未来を乗り越えるための収縮された条件として表されており、先住民であるにもかかわらず異邦人のものである植民地の歴史も、その土地を支える生き物や大地の記憶としてフレーミングされています。
例えば、あるアボリジニの画家の作品は、細かな点々でキャンバスを埋め尽くすオプ・アートのような抽象画といった風合いですが、それらは芸術家自体の身体や一族の歴史と結びついたような出来事 (地形、動物達、戦争、自然災害、出生、結婚、先祖、トーテムなど) による儀礼的なドリーミングと呼ばれる地図作成の試みを、絵画に写しとったものだといいます。 それは、作家自身が三年前インドネシアに移住し未知の場所で戸惑いや不安を感じながら過ごしていた頃、自身の身体が持つ記憶や経験を頼りに絵を描くということ、またその後インドネシアにもルーツを持って生まれた彼女の子どもの祖国の土地の歴史を、絵画の中のモチーフに「マッピング」していこうと考えたこととも重なります。
自身の出産育児、生物の進化と絶滅、植民地という歴史、地母神崇拝など、移り住んだ土地で経験した様々な事柄を、過去の歴史を想起させるトリガーとして画面に配置していく作業によって絵画としてフレーム化する、それは未来への思索を含めたドリーミングの作業に近いと言えます。
また今津は、コンピュータグラフィクスの三次元画像の物体表面にさまざまな効果を施し質感を高める行為も、Dimension®のもつレンダリングの効果、その後身体を通じた筆で加えるストロークなども含め、「マッピング」と呼べるのではないか、と考えています。
新作《Memories of the Land/Body》は、グロスが指摘した「マッピング」から着想し、Dimension®を用いたコンピュータ・グラフィクスの三次元画像で物体表面にさまざまな効果を施すテクスチャーマッピングやバンプマッピングなどを多用し、制作過程に取り入れた作品です。
例えば《Memories of the Land/Body》の背景には、オランダの地質学者フランツ・ウィルヘルム・ユングフンの描いた、ジャワ島の火山グヌン・スンビンの絵が参照されています。地図を作ると言う行為は、かつて欧米諸国がいかに未開の地を植民地化するか、そしていかに効率的に生産力をあげるかという目的のために行われたようですが、その意味でインドネシアにおけるオランダ東インド会社や太平洋戦争時代の日本軍のマッピングは、領土拡張の指標と捉えられます。
また《RIB》は、『女性画家列伝』に登場する画家たちの絵からサンプリングした二次元の平坦なモチーフを奥行きのある三次元空間に落とし込み、制作されています。同書の「土器を作ったのは女か」の項にある「木陰の地べたに足を投げ出して坐ったおかみさんが、胴にとりついた赤ん坊に乳を含ませたまま、大声でおしゃべりをしたり、子供を叱りつけたりしながら、手早く壺をつくり、あざやかに縄文をつけてゆく」*4) にあるような異国での出産・育児で、それまでのように自由にならない身体・時間と格闘する中、本書のあとがきにおける著者の実感のこもった文章に共感したという経験に由来しています。
本展では、国外に拠点を持つようになった作家自身の生活者としての経験や発見により着想した、グローバル・サウスを起点とする地球規模の問題も表象されています。 今津が近年考察を続けてきた構造の輪郭や重なり合うモチーフには、先進国により繰り返される資源の収奪・環境破壊という近現代における世界の歪みと、進化・絶滅といった長い時間軸の生物の自然淘汰という蠢きが重ねられています。
画中にも登場するモチーフは、水のサーキュレーションをメタファーとしたエコシステムから着想を得て、鉄製のモビールや壁紙と姿を変え反復を繰り返しながらインスタレーションとして構成されます。
今津景は、1980年山口県に生まれ、現在バンドゥン (インドネシア) 在住。多摩美術大学大学院を修了し、2009年に「VOCA 2009」にて佳作賞受賞。2017年、ミネアポリス美術館に4メートルを越える大きな作品が収蔵され、2020年には現代における絵画表現を後押しするフランスのPrix Jean François Pratのファイナリストに選出されるなど、国内外で大きな注目を浴びています。
2019年ARTJOG MMXIX: Art In Commonにて発表した、インドネシアの作家バグース・パンデガとの共作《Artificial green by nature green》―パームツリーの有機電流に連動して水を含んだ筆が緑の色面を撫でる動作で、緑の下からオランウータンが現れていく、時間軸をもったインスタレーション―を発表。地球の生態系に貢献している世界11の地域の一つであるスマトラとカリマンタンの森林の大規模な破壊が、数千種の生命を脅かし、土地の侵食や洪水を引き起こすというデータに基づき、地球規模の気候変動現象を提示する試みであったこのインスタレーションは、たいへん高い評価を得ました。
重層的なレイヤーを持った鮮烈な作品で世界的に注目を集める今津景の、三年ぶりの帰国展です。どうぞお運びください。
本文註:
*1) 若桑みどり「女性画家列伝」岩波書店、1985
*2) エリザベス・グロス、檜垣立哉・小倉拓也・佐古仁志・瀧本由美子翻訳「カオス・領土・芸術—ドゥルーズと大地のフレーミング」法政大学出版局、2020
*3) 倉沢愛子「増補 女が学者になるとき:インドネシア研究奮闘記」、岩波書店、2021
*4) 若桑みどり「女性画家列伝」岩波書店、1985、p.173(川田順造『サバンナの博物誌』、新潮選書)より引用