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nca | nichido contemporary artにて、アメリカ人アーティスト、タミー・グエンによる日本初個展「The Gale / 暴風」が2022年9月2日(金)から10月15日(土)まで開催されます。
本展の新作ペインティングシリーズは、装飾写本の様式を参考に、グエンの言葉を借りると、「熱帯に飲み込まれたカトリシズムの世界」を表現しています。計11点の作品は、中世の装飾写本167点が掲載されている書籍「装飾写本: 400年から1600年までの世界で最も有名な装飾写本*」に登場する場面やその断片を切り取り取っています。一連のカトリシズムの物語を出発点とし、「暴風」では、自然の力と地政学的戦争によって消費されながらも、それに絶える宗教的なモチーフの世界を表現しています。グローバル・サウス、特に彼女の両親の母国であるベトナムの日常生活の様々な側面にカトリックがどのように根付いているのかを考察し、グエンはこの布教を 「自然だけではなく、現代の地政学的闘争にも耐えるほど強力な植民地キャンペーンである 」とみています。
また、グエンは伝統的な装飾写本が工芸と神話が互いに影響、依存し合っていることにインスピレーションを得ています。写本の職人は呼吸の伝達を通して金を接着する糊を再び活性化させ、その生命力は聖霊を文字やイメージに移すとも言われ、これらの宗教的な構成をより神聖なものにしています。写本の表面は完全に平面であるものの、照明の角度によって金属の破片が立体的になり、まるでページ上に金が浮き上がっているようにみえます。ここで物理的に証明されたものが神話的な枠組みのなかに存在し、グエンの作品における技術と主題との衝突がほどよい緊張感をもたらします。彼女の絵画の表面もまたフラットで、人物と前景が互いに揺れ動いています。緑豊かで濃密な構成の中に、物語の構造と、対象と環境のもつれによる問題が絡み合い、自然や植民地主義、カトリシズムの力を強調する金の痕跡が浮かびます。
このシリーズを通じて、彼女は「風」を概念的な筋道とし、マークメイキングや輪郭の形成を通して構図を探り、また自然現象を物体の相互作用を理解するためのツールとして風景を構築します。古代の木々もまた長い時間をかけて風によって支えられ、自然も聖書と同様に崇高な力を持つということはグエンの最近の研究テーマの中心です。グエンは絵画のなかで、西に向かうヘリコプターの群れで人工的な風を、東に向かう赤い海上旗で暴風を描いています。地政学的な戦争と気候変動による風は、カトリックの聖書と古代の樹木を背景に衝突し、歴史を通して人と自然の混乱のなかで適応しながら地盤を強固にしているかのようです。
アリソン・カラシク=ハインズ (インディペンデントキュレーター / ライター)
タミー・グエン(1984年生まれ、カリフォルニア州サンフランシスコ出身、イーストン在住)は、地政学、エコロジー、多くの人が知らない歴史を探求し、それを絵画やドローイング、アーティストブック、版画、雑誌で表現しています。ストーリーテラーであるグエンの多分野にまたがる活動は2つの形態:伝統的な芸術的実践 ―彼女の複雑で奥深い絵画、版画、ドローイング、ユニークなアーティストブックの制作―と、もう一つの出版活動では彼女自身が立ち上げたPassenger Pigeon Pressを通して具現化され、アーティストブックと複数の異なる専門分野とのコラボレーションによるMartha's Quarterlyを制作し配布しています。グエンの作品は、この2つの領域で疑念を与えることを目的としており、そのエレガントなフォルムと調和のとれた美学との間の緊張は、しばしば彼女自身の本質に矛盾します。この不協和音によって、再評価、根本的な思考、自己満足を払拭する隙間を生み出します。グエンの絵画の多くは、彼女のユニークなアーティストブックから発展したもので、同様のテーマや問題、研究を通して作品に表しています。冷戦時代に非同盟諸国29カ国の世界指導者が参加した初の大規模な国際会議、「バンドン会議(アジア=アフリカ会議)」、マレーシアの広大な沖合開発プロジェクト「フォレストシティ」、ラオス、ベトナム、カンボジアに生息する絶滅危惧種のサル「アカアシドゥクラングール」など、彼女は作品を通してさまざまなテーマや考えを研究してきました。
最近のアーティストブックシリーズ、「Four Ways Through a Cave / 洞窟を抜ける4つの方法」(2021年)は、ベトナムのフォンニャ=ケバンを巡るグエンの旅に関するもので、多数の地下洞窟や通路があること、ベトナム戦争において”ホーチミン・ルート”の重要地域であったことが大きく影響しています。哲学者、プラトンの洞窟の寓話 ―幻影を失って真実を認識するーを引用すると同時に、円形の切り抜きがページごとに移動し、読者をつかの間、探検家に変身させ、洞窟の中を物理的に歩いている感覚をもたらします。
2008年、グエンはフルブライト奨学生としてベトナムで漆絵を学びました。最近の作品の驚くべき平面性や色彩豊かな下地、金箔や銀箔、複雑なレイヤーの構成は、この伝統的な技法に影響を受けています。グエンの最新作では、カトリック教会が行う儀式、「十字架の道行き」を再描写し、聖書から歴史、現代に至るまでの様々な参考資料をもって画面を埋め尽くしています。戦闘機が空を埋め尽くし、イエスの顔がコメディア・マスクに変容している留もあれば、パン・アメリカンの旅客機の輪郭が確認できる留もあります。「企業」「規約」「真実」と書かれた商業船が14枚のパネルに描かれ、商業、植民地主義、宗教、世界政治の間の深い相互関係を暗示しています。(本作品は現在開催中のベルリンビエンナーレ2022に出展されています。)
グエンの共同研究に基づく活動の核となるのは命題であり、過去に目を向け、現在を分析し、起こりうる未来の想像するためのアイデアや推測を探求しています。グエンの作品では複数の物語が同時に語られ、作品を通して視覚的、言語的にどう読み説くかという問いに取り組みながら作品の端や本の背表紙から物語を繋いでいきます。