イベント紹介Event Information
※新型コロナウイルス感染拡大による社会情勢に伴い、美術館およびギャラリー施設において休廊、休館、もしくは会期の変更をしている場合がございます。詳しくは、各施設サイトをご確認いただきますようお願い申し上げます。
あをば荘にて、図師雅人/田中 永峰 良佑による「“うた”へ対う(責任あるいは、わりきれなさから) 」が2022年9月3日(土)から9月19日(月・祝)まで開催されます。
「完璧に抗う⽅法 – the case against perfection -」は、図師雅⼈と藤林悠による企画展覧会です。企画者を含む9名と1組のアーティストが、2⼈展を隔⽉で開催していきます。最終回となる第5回⽬は、図師雅人/田中 永峰 良佑「“うた”へ対う(責任あるいは、わりきれなさから) 」
この展覧会は、アーティストの図師雅⼈と藤林悠で⽴ち上げました。2⼈展形式の美術展覧会の開催にあたり、事前にリサーチとして出展作家の制作を始めた動機、過去作のすべてについてなど、作品にまつわるインタビューを⾏い、その内容から抽出しコンセプトを作成しました。アーティストの営みについて彼ら/彼⼥らの⾔葉を通してその経験を集積し、発された表現そのものがまた⾃⾝の元へ還るまでの過程を垣間⾒ようとします。※藤林悠は第3回目の終了を持って、企画運営から離れました。
例えばかつて、フィールド・ハラーやワーク・ソングが暮らしの中にあった。過酷な労働のなか絞り出される、憂いをおびたその声に、光を感じるのはなぜだろうか。本展は図師雅人、田中 永峰 良佑の活動と展望から、結果この問いへの態度を見出しつつ、本企画「完璧に抗う方法」の最後を締めくくる。
図師は、近年の活動において、言葉の持つ奔放さにどう向き合うのかということに傾注し、用いることへの「責任」を語る。そもそも言葉自体、さまざまなものとの情報交換のために存在しても、統制のためだけにあるのではない。だからこそ彼は制作の起点となる言葉を、イメージと物がともなう作品へと受肉させる際、かたち・手法・素材の関係性を考案しつづけている。
田中の作品は、家族や友人、恋人、特殊な状況下にある人たち、そして彼らの背景にある社会と自身の関わりを問う、パフォーマンスやインタビューをベースとした映像作品を作ってきた。彼の他者への態度は、関わる人々の生きる土地、歴史、社会状況、その中での心情の肌理を浮き彫りにしていく。彼の作品に映し出される人と向きあう者は、彼自身も述べる「わりきれない」気持ちと共に、私たちの現在について考えざるをえない。
彼らのインタビューや作品をとおしみると、「声」や「うた」が彼らの活動に共通していることがみえてくる。図師は作品の中でテキストの作品や、言葉を交えた作品が少なくなく、それらはどこか「詩」のようにもみえる。彼の語る生活には、アーティスト以外の活動の場所に子どもたちや障害のある人々との関わりがみえてくる。彼の作品にそういった人々の「声」の影響があることは、想像にかたくない。
田中自身はまさにその態度が、関わる人々の「声」と共にある。そして作品には、たびたびその人や土地に関わる「歌」が流れることがあり、その多くは私たちも聞き馴染みのあるものだ。彼はそういった楽曲を用いることについて、彼が関わる人や土地、社会と私たちをつなぐものであると、託すかのように述べている。
彼らには、自身や他者が発する「声」を「うた」へと対わざるをえない切実な動機があるのだろう。その態度は、冒頭に述べた問いへと通じているように感じる。そして私たちは「うた」に、時を超えて継承され、のちの人々が再び語り、うたい、時にはかたちをかえても発せられることができる力をもつことも忘れてはならないだろう。
本展にむけて
本展は2017年、アーティストの図師雅人と藤林悠による行われた展示「Enhancement」(※1)に端を発する。「身体」という共有のテーマの認識、そして当時私たちにでさえ、ありふれて聞こえるようになってきていたSingularity(シンギュラリティ、技術的特異点)という、漠然としながらも変化を訴えかけてくる時世への、各々の立ち位置を考えることが展示「Enhancement」の目的だった。
その後も図師と藤林による議論は継続して行われ、2人の関心はSingularityやEnhancementといった力ある言葉には決して括ることができない、アーティストの「営み」(※2)自体へと目を向けていくことになる。生きていく環境の中で、無数の事物の流動にさらされながら、作品を制作し、それを社会に開くアーティストたち。社会に影響を与えつつ、と同時に自らがつくり上げた作品とそれによって生じた社会からの影響を受けて、アーティストもまた変容する。そこには、終わりがみえず、しかし、だからからこそしなやかで毅然とした、社会・環境変化へのアーティストの態度が今も、そして連綿と続く歴史の中にもみてとれる(そして、この態度は他の者たちへ連鎖できる)。
本展「完璧に抗う方法」(※3)は、この「営み」の力学や、それを生みだすアーティストたちが生きる環境を知るために現代を生きる9名と1組の参加アーティストたち(※4)へ、幼少期から現在の活動(収録時)までに至るインタビュー(※5)を長い時間をかけて行っている。展覧会はそのインタビューから紡ぎ出されたアーティストたちの関係性を編成した5つの会期によって構成される。
各会期のテーマは個別性を持つが、ぞれぞれの会期と関係を結ぶことで、現代の私たちが思慮すべき事柄を多重複層的に含んでいるものになるだろう。願わくば、本展のアーティストたちの「営み」が交わり、生み出される複数の環境から湧き出た事物が、また、いつかどこか誰かの、できればあなたの「営み」へと流れ出すことを期待する。
※1 Enhanement …「増強」「増進的介入」と訳される先端科学医療技術の用語でもある。「治す」のではなく、遺伝子操作、投薬、人体改造など元々の健康状態の身体や精神に影響を「加える」技術。人間観の変質や優生学的差別にも結びつきかねない観点から、議論が重ねられている。展示「Enhancement」はこのトピックから示唆を受け、図師と藤林というアーティストの心身状態とメディウム、そして制作や制作環境との関わりを考え直すものだった。会場はSpace Wunderkammer(2017年3月24日~4月9日、金土日のみ)。期間中、冨安由真、田中永峰 良佑、奥村直樹、菊池良太、佐藤史治と原口寛子を招いてのトークも行った。
※2 「営み」というテーマにおいては、本展の会場となる「あをば荘」も非常に重要な意味を帯びる。2012年より墨田区の古い集合住宅の一部を改装し、企画スペースとして運営しているオルタナティブスペースだが、2階を企画者たち自身の住居にしていたこともあったりと、生活と表現が分かち難く結びつく場でもある。これまで運営に関わってきた者も、アーティスト、美術・演劇関係者、農業関係者、福祉従事者など多様である。
※3 本展のタイトルは書籍「完全な人間を目指さなくても良い理由 遺伝子操作とエンハンスメントの倫理」(マイケル・J・サンデル著、林芳紀・伊吹友秀訳、2010年、ナカニシヤ出版)の原題“THE CASE AGAINST PERFECTION”を、企画者たちが意訳したものである。本著は、企画当初の図師・藤林によるリサーチや対話、振り返りの中でたびたび取り上げられてきたものでもある。
※4 本展によって私たちが意図するものは、本来すべてのアーティストが対象であることは自明である。そのため今回参加をお願いしたアーティストたちは、テーマに照らし合わせた上で、図師・藤林が自分の眼で作品をみて、言葉を交わした、それぞれの具体的な経験に基づく作家が挙げられている。結果的に同世代の作家が集まっている。
※5 本展のために実施されたアーティストたちへのインタビューは、展覧会後にまとめられる記録集にて一部掲載される予定である。