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gallery αM(ギャラリー・アルファエム)にて、2014年に発足して以来、石井友人と高石晃を主要メンバーとしてリサーチベースの自主企画展を行ってきた「わたしの穴 美術の穴」による展覧会「地底人とミラーレス・ミラー」が2022年 1月15日(土)から3月19日(土)まで開催されます。
「わたしの穴 美術の穴」はアーティストの石井友人と高石晃によるアート・プロジェクトです。「地底人」と「ミラーレス・ミラー」という二つのテーマは、穴というモチーフを巡るプロジェクトでの7年間の活動を通じて浮上してきたものです。日常空間に遍在する穴。穴を実在するものとして認識することは出来ません。そこには何もない。しかし、不可思議にもそこに穴は存在していると感じます。このアンビバレントな経験を通して、私たちの知覚や記憶、情動や想像力は駆動されている。そしてそのことの内に、人間という認識の枠組みを持った存在、そして、美術という制度における人間的営為の根源性があるのではないか、私たちはそのように解釈しています。
「地底人」と「ミラーレス・ミラー」は、穴のこの両義的な性質が人間に与える変質のプロセスを、下方に貫入されていく穴と、水平的横方向に交通していく穴の二つの方向性でもって捉えようとしたものです。地面へと下方に穿たれた穴に対して、人は自らを支える基盤である大地とその下に広がる不可視な世界への想像力の投射を行うでしょう。一方、地上における水平的な穴には眼球やカメラのように、可視的な模像イメージを生み出す構造体があり、そこでは特異なイメージの脱情報化と再構築が推し進められています。
「地底人とミラーレス・ミラー」ではこのような穴の垂直性・水平性の孕む異質なものたちが―潜在的なもの/現象的なものとして―分離し、そして時に混合します。現在、私たちが住う地球環境の中で、私たちは新たな神話的な想像力を持ち始めているでしょう。そして、著しく変化する情報環境において、私たちはイメージと物質の新たな関係性を模索しています。本展「地底人とミラーレス・ミラー」は会期を二つに分け、私たちをとりまく環境の変容と、その環境と私たちの新たな関係の仕方を、潜在・現象の二つのあり方として表出しようと試みます。
石井友人・高石晃
パート 1:地底人(キュレーション:高石晃)
2022 年 1 月 15 日(土)~ 2 月 12 日(土)
高石晃 高山登 ニコライ・スミノフ
「地底人」では、私たちの足元の大地に穴を穿ち、地表の下に隠された世界を探索します。
高山登が 1968 年前後から開始した表現実践は、一見要素還元的な形式をとっていたとしても、一貫して事物がその内部に抱え込んでいる記憶、歴史を志向しており、同世代の日本の作家よりもむしろヨーゼフ・ボイス等の実践との同時性をもっていました。その独自な物語性は、初期作の多くが「地下動物園」と名付けられていたことからもわかるように、この世ならざる地下世界への想像力に根ざしたものです。作品の構造、素材などには監獄や処刑台、強制労働など、近代国家による暴力が暗示されており、高山にとって地下世界は抑圧されてきた死者=他者たちが潜む場所として措定されていたのかもしれません。
元来、大地に穿たれた穴や洞窟が異界としての地下世界に繋がっているという物語は、普遍的な神話構造として世界のあらゆる地域にみられます。ロシア出身の地理学者でアーティスト、キュレーターでもあるニコライ・スミノフは辺境に追いやられてきたアニミスティックな表現、科学的調査の最中に記録された神秘的な出来事、近代史からこぼれ落ちた不可解な歴史的事実などの中に現れる地下世界の表象を調査、研究しており、スミノフはそれらの一見おぞましい表象こそが現代の神話的物語であり、現代における人間と地球内部の力との関係を示すものだと考えています。
それらの地下に蠢く様々な形象は、私たちが表層の世界が覆い隠している潜在的な領域を知ろうと試み、不可視の地下世界へと意識を投げかけることで現れてきたものです。「地底人」ではそのような地下世界へ向けられる想像力が私たちの生を下支えしている、不可欠な基礎であると位置付け、人間と大地=地球の関係が再度問い直されている現在における、subterraneans(地底人)としての他者の姿を構想します。
高石晃
パート2:ミラーレス・ミラー(キュレーション:石井友人)
2022 年 2 月 19 日(土)~ 3 月 19 日(土)
雨宮庸介 石井友人 大川達也 敷地理 多田圭佑 谷口暁彦 津田道子 藤井博 三宅砂織
―この見えない巨大な鏡、すべてを写し出すかに見えるその明るい表面を通って、鏡の底へ降りてゆく。―
宮川淳『鏡・空間・イマージュ』1967年
鏡の向こう側を示唆する魅惑の物語は、歴史上数多に存在します。例えば、鏡の国のアリスやナルシスの物語のように。しかし、鏡の明るい表面と底、それは現実にはあり得ない二重の空間に思えます。
私たちは社会生活を過ごす中で、現実と虚構、自己と他者、人間と自然を切り分ける認識を徐々に与えられていきます。「鏡の国」とは異なり、それが従来の鏡の役割とも言われています。
そして現在、私たちは自己イメージを孕んだありとあらゆる模像(鏡、ショー・ウィンドウの反映、光学装置が生み出す複製イメージ、そしてスマホやデジタルデバイスにおけるミラーリングやミラー・ワールド)の世界に加速度的に取り囲まれ、同時的に世界と接しているにも関わらず、何故か事後的に世界が与えられているように感じることが少なくありません。
「ミラーレス・ミラー」に参加するアーティストは、そのような現在の情報環境を積極的に引き受けながら、諸メディアにおける鏡像的構造を逆手に取り、リバース・エンジニアリング的に私たちを「非-わたし」の方向へ逆流させます。
このさかしまが反映される展示空間では、鏡が物理的・空間的・心理的「穴」となり、本来存在し得ない二重の空間―鏡の明るい表面と底―の真っ只中に、私たちを誘います。そこでは「わたし」という認識を構成するのに不可欠な自己イメージが変質し、無数の模像に与えられた意味も大きく変調をきたすでしょう。
「ミラーレス・ミラー」は、人間を切り分ける隔たりを再交通させ、分化(鏡)なき鏡の経験を生み出します。
石井友人
わたしの穴 美術の穴のこと
2015 年に Space23℃(故・榎倉康二アトリエ予定地を改装したギャラリー)で行われた展示、石井友人、榎倉冴香、地主麻衣子、高石晃、桝田倫広による「わたしの穴 美術の穴」は、奇妙に感情が揺さぶられるような体験だった。それぞれ個性的な作家たち(桝田さんのみ学芸員)が、自作の展開を差し置いて「穴」をめぐる思考の沼に自らはまっていく危うさ。それぞれの作家の「穴」への愚直なアプローチは、物事を深く思考し、止むに止まれず何かをつくってしまうという、作品制作の原点を見せられたような思いがした。そして「穴」に取り憑かれた 5 人を少し羨ましく思った。
彼らの「穴」によるプロジェクトは、かつてあったもうひとつの「穴」―1970 年に榎倉康二、高山登、藤井博、羽生真が、アパートの敷地内の空き地で行った野外展示「スペース戸塚 ʻ70」を通じて、もの派に重なる日本の現代美術のまさにアンダーグラウンドな活動にもう一度光を当て、いわばふたつの穴を貫通させるべく、その活動を展開させてきたのだろう。
今回の「地底人」と「ミラーレス・ミラー」というふたつのアプローチは、地面に穿たれた穴に住まう「地底人」と、決して自分を映すことのない「ミラーレス・ミラー」をめぐって、さらに複雑に「穴」を掘り進めることになるだろう。
2017 年に galleryαM で行われた「鏡と穴―彫刻と写真の界面」で、企画者である光田ゆりは、写真は鏡であり、彫刻の型(mold)が穴である、という前提がデジタル技術によって崩れ、新たな関係性が生まれている、と指摘したステートメントを以下のように結んでいる。
「光を反射しない見えない穴と、反射像だけを見せて自身を見せない鏡が、向かい合っている様を思い浮かべたい。」
αM プロジェクト 2017「鏡と穴―彫刻と写真の界面」カタログ p.110
「地底人」と「ミラーレス・ミラー」という2つの異なるアプローチが、連続した展示として向かい合うことで起こるのは未知の化学変化か、あるいは破綻か。かつて「鏡と穴」をめぐる多様な実験が行われた同じ場所で、「わたしの穴 美術の穴」は新たな局面を迎えることになる。
αM プロジェクト ディレクター 袴田京太朗
■わたしの穴 美術の穴(わたしのあな びじゅつのあな)■
1970年前後の日本美術史をリサーチすることを主眼に石井友人、榎倉冴香、地主麻衣子、高石晃、桝田倫広により2014年に発足。2015年にメンバーによるグループ展「わたしの穴 美術の穴」開催。2016年に『わたしの穴 美術の穴』冊子出版。以後、石井友人と高石晃によるアート・プロジェクトとして、2018年に藤井博個展「わたしの穴 21世紀の瘡蓋」のキュレーション、2019年に『わたしの穴 21世紀の瘡蓋』の冊子出版及び、榎倉康二、高山登、藤井博の三人展「不定領域」、石井友人個展「享楽平面」、高石晃個展「下降庭園」のキュレーションを行う。
αM+について
αM+(アルファエムプラス)は、ゲストキュレーターによる年約5本の展覧会と連動させながら、αMプロジェクトの独自企画として年1本の展示を開催するものです。創立30周年を迎えたαMは、発足当時の「オルタナティブ」つまり「既存のものに替わる新しい可能性」という理念に立ち返り、現在生まれつつある新しい活動形態の動向を見据えながら、さらに柔軟で拡がりのあるギャラリーを目指し、2019年度よりαM+を始動しました。